石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第二節 陶磁

小野窯と時を同じくして、能美郡蓮代寺村に一陶窯の起るものあり。この窯は、天保粟生屋源右衞門經營に依り、交趾風の堅硬なる白磁及び土交りにして暗灰色を帶ぶる石燒を製し、色彩は交趾釉を用ひ、赤色顏料は殆ど之を用ふることなし。色釉の種類は江沼郡吉田屋窯のものに同じといへども、彼の如く中性化せられざるを異なりとす。葢しこの窯は、古九谷燒の作品中交趾風のものを模倣したるも、遂にその域に達する能はざりしものなるべし。著畫の描法は、黒色線描の上に交趾釉を施したるものにして、主として緑色調を帶ぶるが故に、世人稱して青九谷といへりといへども、亦黄色調に富むものなきにあらず。源右衞門は嘗て吉田屋窯に從事せし人なるが故に、その緑色系の製作を出しゝこと當然なりといふべし。かくて蓮代寺窯には、一時徒弟を養ふこと多く、將に大に隆盛に向かはんとせしに、文久の初に於いて陶磁を濫造するものを生じたるを以て、之が爲に販途を侵害せらるゝこと多かりしと、緑色系の著畫は時人の嗜好に投ぜずして、赤色系のものと頡頏すること能はざりしとにより、事業遂に萎靡して廢窯するの已むべからざるに至れり。然りといへども蓮代寺窯が、能美郡に於ける青九谷の先鞭を着けたる功は決して之を沒却すべからず。況や源右衞門は古陶磁に憧憬し、特に樂燒に造詣したる大家なりしを以て、その製作する所自ら雅趣を備へ、具眼者の愛玩する所となれり。