石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第二節 陶磁

春日山窯の開かれしは文化四年十一月にして、箕柳碑の文によればその製する所萬七八千に及べりといへば、頗る盛況なりしが如しといへども、木米自身の陶説に『乾窯乾薪無患。濕窯濕薪有患。』といふが如く、この新營の工場に在りては、彼の妙腕を以てするも尚精良のものを得ること能はざりき。さればこそ町年寄の具申書にも、『新竈に而土氣濕り等全く拔け不申候ながら南燒に似寄候品も出來』とはいへるなり。かくの如く木米が、仲冬雨雪交々至る候に於いて、尚且つ開窯を急がざるべからざりし理由は、この際藩侯前田齊廣が關白鷹司政凞の女と、十二月婚儀を江戸に擧げんとしたるを以て、金澤に在りても之が祝賀の爲、陶磁を要すること極めて多かりしが爲なりといふ。