石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第二節 陶磁

次に古九谷窯の作品に就きて見るに、その青華なると色繪なるとを問はず、畫風頗る明末清初のものに類似すること多く、文樣を描けるものも亦等しく明末清初の意匠なり。是れ或は工人の支那人より技術を傳へしものありしに因るべく、或は當時彼より將來したる八種畫譜の甚だしく珍重せられ、陶家の皆之に倣へるに因るなるべし。後人往々にして古九谷燒に柹右衞門の影響あることを論ずるものあるは、柹右衞門も亦九谷の工人と同じく八種畫譜を學びたるより起れる暗合によるべく、磁質・彩料に關して考察する時は全く系統を異にするを認むべし。歸化韓人によりて創められたる有田燒の手轆轤を用ふるに反し、九谷燒が支那風の蹴轆轤を用ふることも、亦重要なる相違なり。古九谷燒には又一種畫樣の狩野風なるものあり。葢し燕臺風雅に傳ふるが如く、加賀藩前田綱紀の時久隅守景金澤に來り、藩臣今枝・小幡二氏及び町年寄片岡孫兵衞の家に留ること六年の久しきに及びたりとせば、之が感化の陶畫に現れたること、亦決して偶然にあらずとすべし。然れども世に傳ふる所の如く、古九谷燒に守景下繪ありといふは全く口碑によるものにして、大聖寺藩に招かれたるの確證も亦之を發見する能はず。されば所謂守景下繪なるものは、鑑識上畫品の守景に似たるを指すものに外ならずして、現に石川縣商品陳列所に藏する布袋繪付の皿は、かゝる種類に屬するものゝ逸品なり。
古九谷は火力甚だ強大なりしものゝ如く、一體に形態の歪みを生ずる傾向を有し、磁質硬緻なりといへども、亦滋潤にして乾涸の患なく、古雅愛すべし。かの守景下繪などゝ稱せらるゝものなど、火力の爲に絢瀾なるべき上繪付の彩釉を少しく褪色せしめたるの感ありて、却りて澁味を生ずるを見る。又古九谷燒の器物は實に多種多樣にして、轆轤物より箆搔物に至るまで、その豐富なる變化他地方の古窯に冠絶するものあり。殊に轆轤に一種の力ありて、香臺は桶底形に引緊れり。古九谷燒の青華は稍黒味を帶びたる藍色にして、その沈着なること磁質の色澤と能く調和す。上繪彩釉は黄・緑・青・紫の所謂交趾釉なるものに屬し、少しく黒味ありて多く光澤を有せざる赤色或は黒色の輪廓中に是等の彩釉を施せるもの多し。この彩釉は、玉質にして温和なる色澤を有し、黏滑なる感ありて、後世に模造せられたるものゝ如く剥裂を見ることなし。古九谷燒の陶銘は、作家の名を署し、若しくは陶窯の名を記することなく、全然無銘なるもの、又は角形・二重角形の中に福字又は之に類せる文字を青華又は黒にて書し緑釉を施せるもの、或は赤書せるもの等ありて、是等はいづれも支那の慣習を踏襲したるなり。之を要するに、古九谷窯には能く高雅なる作品を出せりといへども、陶磁史上研究期を脱すること能はず、その完成は尚遠く後代に待たざるを得ざりしなり。

古九谷燒平鉢 石川縣商品陳列所藏