石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第一節 繪畫

初以來專ら繪事を以てに仕へたるもの、殆どこれあるを見ず。偶事あるときは、即ち江戸の畫工に命じて描かしめたり。元祿十五年將軍綱吉前田綱紀本郷邸に臨まんとせし時、は豫め御成御殿を造營したりしが、その屏障は探雪・休碩・等麟・素仙・柳雪・養朴・如川・洞元・壽碩・伯圓・即譽・圓俊・休山・洞春・春笑・良信・永叔・春湖・春悦・探信・隨川・梅雪・春山・安仙等に命じて毫を揮はしめき。金澤城に於ける殿閣が何人によりて裝飾せられしかに就いては、未だ記録を得ずといへども、亦同じく此の如くなりしなるべし。但し江戸の畫人中にも加賀藩祿を食みし者なきにあらず。狩野友益といふ者あり。諱は氏信、通稱久米之助。前田綱紀の時之に仕ふ。友益二子あり。長を景信又は友信といひ、伯圓又は意仙齋と號す。元祿十三年綱紀江戸に邸地を與へ、正徳三年五人扶持を給せしが、享保十一年八月八十五歳を以て歿したりき。友益の第二子を豐信又は種信といひ、即譽と號す。亦我がに仕へ、家法を守りて技を能くす。世に加賀の即譽といはれしもの即ち是なり。此の如き類頗る多かるベし。