石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第十節 佛教

そのうち、藩政時代に至りて勃興したるものに那谷寺あり。眞言宗に屬し、山號を自生山と號す。源平盛衰記に奈谷寺と書せられ、今ナタデラと稱するも本來はナタニデラなるべく、之を西國三十三番觀音順禮の參詣する那智・谷汲の二頭字を採るといふものは附會に過ぎざるなり。正應書寫の白山記に、那谷寺岩屋寺といふものは、岩石より成る絶壁中に洞窟を穿ちて觀音堂を設けたるに因る。元來白山寺末院の一たりしものなるが故に天台宗に屬せしなるべしと思はるゝも、近代に在りては轉じて眞言となりしなり。天正中兵燹に係り、伽藍一たび廢頽に歸したりしが、前田利常小松に隱棲したる後、那谷はその領邑たりしを以て、寛永十七年その地に臨み、詳かに舊時の沿革を聞き、乃ち資を損てゝ再興せしめしに、形勝の奇絶に加ふるに輪奐の壯麗を以てして、忽ちその名を知られしこと、元祿二年明僧高泉の之を訪ひて自生山那谷寺記を作り、又殆ど同時に芭蕉の遊杖を曳きしことの奧細道に見えたるを以て之を知るべし。藩政中寺内に不動院と花王院とあり。正保四年不動院は領七十石を受け、承應四年花王院は三十石を受く。今花王院を廢し、不動院を改めて那谷寺と稱す。