石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第十節 佛教

日輝金澤立像寺の僧なり。初名は覺善、字は堯山、優陀那院と號す。藩士野口和平の子なり。初め慈雲寺日行に隨ひ、日行の寂後妙立寺日雄に學ぶ。日雄の師を立像寺日靜といひ、道譽あり。日輝又屢往きて教を受く。既にしてに上り、深草本妙寺の日臨に問ひ、國に歸りて立像寺の後園に小庵を構へ、專ら讀誦勤行を事とせり。天保四年日靜寂す。是に於いて日輝その法席を襲ぎ、充洽園を起して大衆を教養せしに、門下常に百人に餘れり。藩侯前田齊泰の母榮操院深く之に歸依し、毎歳米十苞を寄せて學資を助く。弘化四年日輝水戸談林に聘せられて、その廢頽を興し、歸住して又著作講説に從ひ、嘉永の末外舶の來るや大に門下を誡めて益宗門の弘通を謀りしが、安政六年二月廿三日六十歳を以て寂せり。門人相謀りて、身延山久遠寺・池上本門寺及び立像寺に碑を樹つ。

優陀那院日輝消息 金澤市村松七九氏藏