石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第十節 佛教

日脱加賀の人なり。俗姓逸見氏、字は空雅、一圓院と稱し、遊明子と號す。本是院日理に投じて出家し、飯高談林に遊びて苦學二十年、業成りて山科談林の講主となり、立本寺に瑞世し、復飯高の請に應じて金鱗を振ひ、延寶八年身延第三十一世となりて在職十九年に及ぶ。元祿中小湊の日映・碑文谷の日附・谷中の日遼等、悲田新義を唱へて怨を身延に構ふ。日脱之を公廳に訴ふ。官則ち悲田停禁の令を發し、遂に小湊・碑文谷・谷中の三寺を以て天台宗に屬せしむ。六年五月東山天皇その功を賞し、賜ふに紫衣を以てせり。之を身延賜紫の始とす。十一年九月七十三歳を以て寂す。