石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第十節 佛教

一向宗内に於いて最も勢力ある宗派なり。金澤の御山御坊が天正八年佐久間盛政の爲に陷れられたる後、果して如何の經過を取りしかは詳かならずといへども、恐らくは一時何れの地にも伽藍を有せざりしなるべし。然るに前田利家のこゝに封ぜらるゝに及び、寺地を御城後町に與へて坊舍を興造せしめしが、尋いで石川郡安江郷に一萬歩の地を寄進して之に移らしめき。後に西本願寺別院となれるもの即ち是にして、その移轉は恐らく後述東本願寺別院と同時にあるべし。かくて寺地は確定したりといへども坊舍尚假造に屬し、後本建築の成れるは延寶三年に在りしといふ。是よりその門前を西末寺町といひ、次に西御坊町と稱せしが、廢の後轉じて五寶町の文字を用ふるに至れり。而して利家利長が與へたる禁制に、この寺を指して末寺といへるは聊か注意せざるべからず。何となれば、末寺は配下寺院の謂にして、本願寺自體の支坊を意味せざればなり。加賀に在りて本願寺の別院を末寺と稱すること既にこの時に初り、慣用して今に及べり。
禁   制
                               本 願 寺 末 寺
 一、當寺參下向之外、見物人いりこむ事。
 一、普請道具竹木以下に付て非分申かくる事。
 一、寺内並門前喧嘩口論狼籍事。
  付、ひるね仕事。
 右條々若違犯之輩有之候者、堅可罪科者也。仍如件。
    文祿三年文月  日                      在      判(利家
〔遺編類纂〕
       ○
禁   制
                            本  願  寺
                              末       寺

 一、當寺參下向之外見物人入籠事。
 一、普請道具竹木以下に付而非分申懸事。
 一、寺中並於門前喧嘩口論狼籍事。
  付、晝寢仕る事。
 一、於寺内給人家を買令居住事。
 一、寺内有之者御堂之義不馳走事。
 右條々若違犯族有之者、速可罪科者也。仍如件。
    慶長五年三月十七日                利      長 在判
〔徴古文書〕
       ○

 今年(延寶三年)西本願寺之末寺造立。是より先は假屋也。
〔政鄰記〕