石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第九節 兵學

永貞の長子を武貞といひ、次子を致貞といふ。武貞字は伯赳、桃水軒と號す。通稱は森右衞門。元文四年九月二十五日五十八歳を以て歿す。著す所、有澤武貞日記七卷・孫子講義十三卷・三略講註五卷・末書纂註二卷・四戰略譜五卷・加陽領分次第一卷・匹夫之鈔私解二十二卷・匹夫之抄圖解七卷・十役之抄十九卷・軍役古今通解八卷・軍役考・軍役内考・貫知行軍役内考・黔韜秘策(永貞に同名の著あり)・四戰八城論(永貞共著)・諸軍配自註・軍配口解・大星秘傳抄・大星二乘之傳解・太田持資流軍書拔萃・兵法急務要用・身度量・全昌武貞問答・兵法五問自答・五固問答・庚寅八城自註・城取練習仕樣抄・五十騎一備屈伸之圖・金城得失考・金澤町割之圖各一あり。致貞は通稱惣藏、箕裘を繼ぎて家聲を隕さず。その著に千慮一得七卷・秘密要論之抄二十三卷・黔韜秘稿三卷・改正城取大意二卷・九ヶ條粗注・五百石相應人數圖・人數異同・軍法傳來之次第・軍法之卷講解・諸士心得各一卷の外、暦數の書に算法指要・籌算式・暦本抄・暦之話あり。寶暦二年十二月四日六十四歳を以て歿す。而して武貞の子に諱は貞幹、通稱才右衞門、字は伯固・藍水堂と號するものありて、寛政二年五月二十六日歿す。亦善く父祖の業を傳へ、子孫累葉皆略之に達せり。世に有澤流の兵學と稱するもの即ち是にして、永貞・武貞・致貞の父子は、特に三貞と稱して尊崇せられたりき。