石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第八節 科學

渡邊知行も亦大聖寺藩の人なり。通稱卯三郎、北渚と號す。資性沈毅にして言語寡く、進止端正にして威容あり。槍術・馬術を能くし、傍ら詩賦を好む。知行初め金澤黒川良安及び丸岡の醫橋本某に就きて蘭法醫學を學び、年十九にして大坂に赴き、緒方洪庵の門に在ること三年。更にその業大に進みたるを以て長崎に至り、諸家に出入すること一年にして、父の病に會ひ一たび郷に歸れり。既にして知行大坂に出で、緒方氏の塾頭となりしが、後辭して家に歸らんとするや、洪庵は託するにその子某の教育を以てしたりき。安政四年父致仕したるを以て家を繼ぎ、命を受けて醫となりしが、慶應二年復に請ひて長崎に遊び、蘭醫ボルドウヰンに就きて研究し、明治元年九月大聖寺藩の洋學教師を命ぜられ、同四年金澤に往きて蘭醫スロイスに學べり。廢の後大聖寺の家に在りて刀圭を業とし、十數年にして歿す。