石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第八節 科學

かくて加賀藩は二人の蘭法醫を有するに至りたりといへども、是等は素より江戸在住の臣屬たりしが故に、加賀藩醫學の發展に關しては直接影響せし所殆どこれなきが如し。然りといへどもの漢法醫中、江戸に於いて蘭法の説を聞き、その大體に通ぜしものなきにあらざりしことは、之を齊廣老臣前田直時に與へたる書簡によりて見るべし。直時は素より齊廣の重用する所たりしが、久しく痔疾を患へしかば、文政元年齊廣書を與へて、漢法醫術の排斥すべく、之に反して蘭法の信用すべき理由をいひ、醫篁齋・元哲等が江戸に於いて傍ら蘭法を研究する所ありしが故に、彼等をして診療せしむるの可なるべきを諭せり。是に因りて觀れば、齊廣蘭法醫術を鼓吹したるの功績甚だ大なりといふべく、之に加ふるに吉田長淑藤井方亭二人の蘭書飜譯の業を助けんが爲、特に廩米を増賜して後顧の憂を除きたる如きは、往時綱紀稻宣義の研究費を提供したると共に、一大美擧として稱揚せざるべからざるなり。