石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第八節 科學

三池流算學寶永正徳の比大坂の人三池市兵衞が金澤に來りて、老臣前田孝資の家臣山本彦四郎に傳へたるに起り、彦四郎は之を西永廣林に傳ふ。廣林の門下に下村幹方あり。幹方の門下に村松秀允あり。秀允の門下に宮井安泰馬淵文邸あり。安泰の子光同あり。光同と時を同じくして柴野美啓ありき。而して安泰の門より出で、最も數の妙境を開拓せるを瀧川有乂とし、別に瀧川流を稱す。又有久の子友直の啓發を受けて、遂に西洋數學の智識を鼓吹せるものに關口開あり。開能く後進を誘掖し、爲に明治時代に於ける石川縣は、數學教育の優秀を以て一時名聲を天下に轟かせり。