石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第八節 科學

志摩好矩、通稱吉兵衙、七尾の人。元と能登部の産にして、家を丹後屋と稱す。關流の算法を富山の高木久藏允胤に受け、文政中郷人に指南す。その子吉左衞門則正亦允胤及び父好矩に學び、文政六年久麻加夫都阿良加志比古神社に奉額す。好矩・則正二人の用ひたる算盤は挿圖の如く、左半は横に兆・千・百・十・億・千・百・十・萬・千・百・十と記し、右半亦横に分・釐・毫・・忽・微・纎・沙・塵・埃・秒と記す。而して中央一列の顆を挾みたる左右には、竪に商・實・方・上廉・次廉・三乘・四乘・五乘と記せり。こは算木を用ひて高次方程式を解く方法を算盤によりて遂行するものにして、この種の器具は全國實に稀覯のものに屬すといふ。好矩は天保九年四月に歿し、則正は同十三年九月に歿す。