石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第八節 科學

西村篤行、字は審之、通稱太沖、得一と號す。明和四年越中礪波郡城端に生まる。父は賈人なり。篤行天文暦數の學を好み、京都に往きて西村遠里の門に入り、その蘊奧を極む。天明七年遠里歿して子なし。門人皆篤行を推してその後を嗣がしむ。是を以て西村氏を稱す。既にして又大坂に往き、麻田剛立に學び、寛政十一年加賀藩の召す所となりて天文學を明倫堂に講ぜしが、講義に適せざるを以て容れられず。乃ち郷に歸りて醫を業とする傍ら益その學を研究し、遂に前田齊廣の召す所となり、醫員格に列し、俸十五口を賜ひき。時に文政四年にして、翌年以降金澤分間繪圖の作製に從へり。天保六年五月二十一日歿する時年六十九。北陸略暦・皇和通暦補等の著あり。昭和三年十一月十日正五位を贈らる。