石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第六節 俳諧

雪袋、後藤氏、通稱次兵衞。金澤の商家押野屋に生まれしも商事を喜ばず、遂に去りて屢攝に行脚せり。初め遊平・由平ともいひ、後梅室の門に學びて悠平と號し、又雪袋と改め、所居を葵囿舍又は睦月庵と稱し、後句空庵を繼席す。明治十九年四月十日歿す、享年六十九。その著文久三年に聞ばやあり、又句空庵隨筆・續句空日記あり、並びに未だ板行せず。是より先、明治十六年雪袋は三日月三吟を出し、次いで卯辰四歌仙を刊す。又曾て梅室に請ひて、芭蕉のあか〱との句を染筆せしめ、碑を卯辰山に樹てたりしが、明治十七年之を兼六園に移し、句集を編みて秋風集と名づけたりき。雪袋『花の雲紫などもまじる朝』『三日月や美しと見るものゝ内』等の句あり。