石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第六節 俳諧

蒼虬は成田氏、通稱時二又は庄助、諱は利定。もと加賀藩士に出づ。初名李牧、俳諧闌更に學び、所居を蔦の屋といひ、次いで槐庵又は二夜庵と稱す。後洛に入り八坂に住して對塔庵と稱し、寛政十二年闌更の歿後雙林寺の芭蕉堂に移り、南無庵を稱す。天保五年蒼虹、門人抱儀の爲めに招かれて江戸に下り、十三年三月十三日對塔庵に歿す、享年八十三。東山妙國寺に葬り、分骨を金澤妙國寺に瘞む。是に於いて梅室の主催により、追善句集を編みて夏蛙といひ、近江の芊丈は小祥忌と大祥忌とを營みて弘化元年折柳集を出し、梅通は安政元年十三回忌を修めて夕ばえを刊行し、明治二十四年金澤蔦の家連は、五十回忌の爲に挿柳集を頒てり。蒼虬の家集には、初め對塔庵句集といふものありしが、その加賀に於けるもの多く脱漏せしを以て、大夢之を補ひて、嘉永五年蒼虬發句集を刊行せり。蒼虬の吟風は、『草の戸を左右にあけて花の春』『秋の夜のあはれにまけて寐たりけり』の類なり。