石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第六節 俳諧

北枝の兄を牧童といふ。立花氏、通稱研屋彦三郎、所居を帶藤軒又は圃辛亭と號す。亦金澤に住して刀劒研磨を業とせり。俳諧は初め檀林より出で、後に蕉門に歸す。芭蕉の消息中には牧童に宛てたるものあり、又牧童に傳言を依頼せるものありて、師弟の交情大に厚かりしを知るべく、支考牧童傳には『吟席交會此人をしらずといふ人なし。』といへば、亦深く俳諧を愛したるを見る。しかもその穿鑿を好まざる點に於いて、資性弟北枝と同じからず。牧童常に曰く、余往昔芭蕉に見えしが、東武の素堂が『浮葉卷葉此蓮風情過ぎたらん』といふ句の物語に及びし時、師がこの句此蓮(レン)と讀むべしと教へ給へる外一事を記憶することなしと。その恬淡かくの如し。但し牧童に嗜眠の癖ありしことは北枝と一なりしが如く、支考は彼を評して、『時に居眠りをもて生涯の得物とす。ある時は欄干の花にそむき、ある時は檐外の鳥を聞きながら、ねむり來りねむり去りて、四十年の春秋も過行』きたりとし、北枝は自らその居眠辯に、『世にいふ、翠臺の北枝は萬事ねむるにたへたりと。花にそむきて眠るにもあらず、月に對してさむるにもあらず、唯よくどこでもねむるもの也。』といへるもの、また一奇事とすべし。牧童某年正月十九日歿す。嘗て支考と共に草苅笛の著あり。