石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第五節 國學(下)

山本基庸は鳩巣に從遊せりといへども、その詩は孟浪杜撰見るに足らず。但し和歌にありては之を能くして、其の名大に顯れたり。嘗て惜名戀と題して、

 我が戀は淺澤小野の忘れ水わすれはつともうき名もらすな

の一首を詠ず。當時堂上間にこれを激賞して、淺澤の源右衞門と呼ぶに至れり。源右衞門は基庸の通稱なり。前田綱紀曾て城南野田山の先塋を展し、我も亦死後こゝに居を占めんと言ひしかば、基庸一首を即吟して之を上れり。

 君こゝに千年の後のすみどころ二葉の松に雲かゝるまで

綱紀感賞して措かず。その江戸邸書院を名づけて、松雲軒又は松雲書院といへるは、此の歌の意を取り、薨後法諡を松雲院といふも亦これに因る。基庸享保十年七月十五日歿す、年六十九。