石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第四節 國學(上)

慶長元年前田利家白山比咩神社の堂宇を修理せしが、是より先藩士北村三郎右衞門入道宗甫は白山神が千句の連歌を求め給ふの靈告を得たり。その後遲々して行はれざりしも、同十年以降十二年に至る間に宗甫は鷹栖久左衞門明宗と謀り、百韻十卷を賡和し、五百二人の名を列ねて之を献れり。この連歌は、現に傳へらるゝ加賀藩最古の連歌たる點より見て頗る尊重すべきものなりとす。萬句連歌十卷中九卷の詠草は、今尚白山比咩神社に藏せらる。

 此千句は、ある夜の夢に、白山の神前におゐて千句の連□□□□□しく、末の人かけ勸進してこそと申句を見奉しを、いろりのまみずみしてしやうじに書付侍りぬ。然處に翌日大納言利家卿御在洛之比、東の御方より白山の堂社ども破壞しける事かなしびにたへ給はず、いそぎ再興せよと御使ありしにこそ、あやしき夢想なりけれと人みな申されし。されば御奉加ども數をつくされし。しかはあれど末の世の衆生、えんをむすばしめんたよりにもやと、御あづかりの國〱たかきいやしきをすゝめよとの事、波着寺安養坊空照法印に命ぜられ、いく程なく造立の事になりぬ。山々の杣木どもあまたなりしかど、あるは直き木にもまがれるふしをえらび、あるは中虫ばみなどして材に用られず。かさねて深き山をもとめられしかば、月日をへて其年成就しがたかりしに、俄に大雨しきりにして洪水ありしに、白山の口より大なる浮木一本、神主の門のほとりにながれよりぬ。木のみちたくみつかさなどに見せられしに、よき材なりとて御寶殿の前柱に用られしにより、則造畢せし。慶び長き元の年丙申の秋廿日あまり七日と申に遷宮有し也。其折から此事とりおこなひ奉るべかりしを心ならず過しもてこしに、今度又夢のさとしめなどあるにより、人かずをあつむるもこと〲しければ、ひそかに鷹栖久左衞門明宗を□□□□□なる心〱を、五百二人のことの葉につゞり、御寶殿にこめ奉りぬ。かたはらいたき事共なれど、神慮にまかせ嘲哢をもかへり見□□□□□國土穩にして□□□□□□□久の奇瑞なるべき也。
    于時慶長十年[乙 巳]九月廿七日            北村三郎右衞門入道 宗甫
〔白山比咩神社文書〕
       ○

 慶長十二年正月四日
   万句之内
                江守半兵衞
    遲 櫻
    賦二字反音 連歌
 よしや花ちらば散また遲櫻       隆  之
  霞たなびく山の遠方         可  郷
 長閑なる月は軒端に移ひて       一  致
  眞木の戸ぼそを明ぼのゝ空      城  運
 陰高き竹の林の鳥の聲         佳  康
  いづくともなくいそぐ旅人      乘  影
 出る日の雲のひま〲さやかにて    榮  信
  時雨過行跡靜なり          正  成
   (下略)
〔白山比咩神社文書〕