石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

大田元貞、通稱忠藏・才佐、字は公幹、錦城と號す。大聖寺侯の侍醫樫田玄覺の七男にして、命眞の弟なり。天明三年元貞十九歳にして、越前府中の市醫縣道策の家に養はれしが、翌年去りて江戸に上り、儒を山本北山に學ぶ。既にして元貞北山を棄てゝ自ら研竅し、錦城雜録・飛耳張目編等を著して名聲忽ち揚る。水戸侯之を聞きて聘せんと欲せしが、適〻沮むものありて果さず。後吉田侯幣を厚くして之を招き、世子の爲に書を講ぜしむ。文政三年元貞暇を請ひて京師に遊ぶ、搢紳學士皆敬服せざるなし。是に於いて加賀藩前田齊廣は、錦城が封外の賓師たるを惜しみ、遂に吉田侯に請ひ、祿二百石を賜ひて頭並に班せしめ、別に役料百石を與ふ。これ實に五年八月十四日なり。八年四月二十三日江戸に歿す、年六十一、疑問録・九經談・大學原解・中庸原解・梧窻漫筆・春草堂集等の著書甚だ多し。
新   柳
 裊裊金衣亂曉風。粧春不讓百花功。細雨淡烟眠熟後。纖腰輕舞夕陽中。


大田錦城筆蹟 石川郡野々市町舘八平氏藏