石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

草鹿玄泰、名は璠、字は伯奐又は子實、蓮溪・澹察・月翁又は氿園と號し、大聖寺の人なり。少くして大野世禮に學び、後京師に遊び、醫を香川南洋、經を皆川淇園に習ひ、後江戸に往きて儒を山本北山に受け、終に歸りて藩侯の典醫となる。蓮溪詩才敏捷を以て稱せられ、氿園百律等の著あり。文化七年正月二日五十七歳を以て歿す。子遯翁、孫蓮浦亦世に名を知らる。
癸卯七夕
       自注云。是歳六月廿九日。天淡不雨。日映艮方。天鳴如鳴雷。而無電光。迨昏夜而息。
       朔日二日。哺時亦同然。三日四日。天晴而不鳴。從五日寅刻大鳴。迄八日午刻而寢息。
       凡是際天淡如初。率無聲絶者。特七夕爲嚴劇矣。其聲或若強弩之競發也。或若衆鼓
       之齊作也。響之所奮。厚梁鳴。戸扉振。殆若地震然。於是城中士女。以爲高山崩。洪水
       至。而恐懼狼狽。宛若冦至者。不言。余詩以紀之云爾。
 今年癸卯女牛期。艮角轉磨聲一疑。雲漢秋昏驚鵲駕。星樓夜惡蹙蛾眉。妖連旦暮天鼓。響奮山河地維。扶老抱嬰皆戰懼。羅衣最作杞人恐