石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

樫田命眞、通稱は順格、字は伯恒又は君岷、號を北岸又は竹隱と稱す。瓶花庵・澄碧堂は所居の名なり。命眞儒醫共に之を父玄覺に習ひ、特に博識洽聞の名あり。その詩は、初め諼園の餘弊を受けて盛唐の格調を慕ひしが、後袁中郎の集を讀むに及び、前日の非を悟りて專ら反正の業を唱ふ。當時江戸の山木北山亦反正を叫べりといへども、その首唱を爲したるは實に命眞なりといふ。命眞多技多能、禪に參して堂に入り、書畫を能くし、茶事挿花を解す。父の後を承けて大聖寺侯の侍醫兼侍讀となり、侯の江戸に赴くや常に之に從ひて文人墨客と交を結べり。寛政六年八月二十一日病みて歿す、享年三十八。その著瓶話は花技を説き、詩文には瓶花庵集・旗山集・日本樂府既に世に行はれ、鹿嶼集・澄碧堂集・奧山紀行・本草餘録・續大東世語等は未だ梓に上らず。
齋中偶題
 身世如何兩可忘。逍遙若學蒙莊。春來記去千花史。夜座焚殘百和香。荒逕無人詩是友。寒厨有酒醉爲郷。清閑欲新奇句。時倚西窓睡一場。