石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

前田信成大聖寺藩の侯族にして、初名を利擧といへり。信成大幸岱畎を師とし、專ら孝悌雍睦を主として浮靡の學を好まず。傍ら武技を好み、劍鎗弓馬皆その妙を得たり。寳暦十一年請ひて藩臣の班に下り、安永五年十月朔日四十三歳を以て歿す。文政八年前田利之、信成の子信片・孫信任をしてその遺稿を拾輯せしめ、自ら序文を作りて太一遺稿と題し、刻して世に傳ふ。
學   戒
 世之爲學者。淫詩賦文章以巧文其外。又不其道。以妄好聲聞。尚辧才。矜高議。事文華。競織巧。訿訿然誇于世俗之間。近世儒佛者流。其弊同之。遂令道心喪驕氣旺焉。是蓋浮華之學也。外不其道。内不其徳。所謂記聞之學。不人師者也。能遡道徳之本源。袪浮靡之虚飾。當己治人淑身善天下之道矣。苟不出于此。其教其學。不識者淺嗤者幾希矣。學者不學。偏事文辭浮靡之務。而不有用之實者。非耻可惡之甚乎。