石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

加藤恒、字は久也、松鳩と號す。父を豐房といひ、學教授兼侍讀たり。恒夙に明倫堂に入りて業を修め、次いでその訓導となり、明治元年新たに俸を給ひて遊學を命ぜらる。恒乃ち長崎に之き、又東上して昌平黌に居ること三年、歸りて世子前田利嗣の傅となる。幾くもなく肥筑薩隅の間に歴遊して名士と交り、置縣の後擢でられて少屬に任ぜられ、大屬に進み、學務課長の要位を占む。八年職を罷め、家塾を金澤品川町に開き蛾術と號せしが、十二年之を鎖せり。同年恒石川縣會議長となり、尋いで能美郡長・金澤區長に轉じ、共に治績あり。十四年前田氏に入りて家扶と爲り、後家令に進み、二十二年利嗣に從ひて歐米に巡遊し、三十二年三月病みて歿す、年五十七。恒文章を善くし、書畫刀劍陶磁の鑑賞に長じ、暇あれば一室に入り、孜々として撰著を事とす。著す所、北事實文録・陶磁考草等あり。
兼六園歌 明治二十七年作
 北控蒼海氣象雄。白峰劍嶽轟巃蓯。金城巽位有別墅。岡巒起伏樹青葱。溪澗百尺飛泉落。玉碎龍躍奪天工老臣文辭賦明月。公子才藻詠丹楓。唐賢嘗誇湖園勝。壓盡天下名園空。誰道六者難兼得。在此肩摩穀撃中。肩摩穀撃曾幾紀。世態旋轉泰之否。十萬炊烟半將無。名園風物又荒矣。菟裘存人不來。三十五門亦廢毀。纔有小亭名夕顏。舊容依然臨池水。靈澤古碑緑苔堆。百年遺事猶在耳。寒烟滿地茅不誅。俯仰感慨情何已。天運循環屈者伸。東風解凍物候新。兒女不當日事。遊踪到處共嬉春。集産裏展方物。成巽閣中列寳珍。萬卷書移秘府。參古考今益庶民。維歳戊寅迎鸞駕。從車如雲響轔轔。雍和王化洽邊境。兼六之名天下振。憶起皕載鎖港策。一朝禁弛今異昔。余亦往年遊泰西。普都佛阡陌。大園小園處處開。盆山盆池配泉石。士女聯袖又駢鑣。遊賞無處不暢適。有時殺氣捲空來。畫臘彩閣歸陳迹。人事由來皆如斯。江山終古不變易