石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

野口之布、字は士政、通稱を斧吉といひ、犀陽と號す。天保元年十二月を以て金澤に生まれ、長じて江戸に抵り昌平黌に遊ぶ。次いで萬延元年郷に歸り、執政横山隆平に仕ふ。時に幕府政を失し海内多故なりしかば、之布は主として勤王の説を唱へ力を國事に致せり。是を以て元治元年譴を得て獄に下り、明治元年纔かに赦さるゝことを得たり。此の年之布王師に從ひて北越を征し、三年金澤藩少屬に任じ、置縣の後文學教師となり、次いで文部省に出仕し、司法省に轉ぜしが、十三年官を辭して前田利嗣の侍讀となり、舊藩吏編纂を兼ぬ。三十一年三月歿す、年六十九。
隨筆四則
 良匠去山。松柏永爲櫟。群盲滿朝。瓦礫暫爲琳。故文人弄筆。倳匁於姦雄之腹儒士卷。懸鑑於忠臣之心
 肅殺之聲。既胚胎於紅楓燒火。蓊鬱之陰。早根据於緑芽生地。故天馬來矣。賢者掛冠於盛朝。巨鯨起焉。忠臣遺誡於令嗣
 山猴雖輕捷。拙於攫鳥。家狗雖喧吠。窮於司晨。故施教於性所近。可顏曾冉閔。命官於才所在。可蕭曹張陳
 清女行穢。而其著書則清雅。紫女行正。而其著書則荒婬。蓋穢者恐人知。以筆掩之。正者病敗俗。以筆諷之。故不人廢書。亦不書疑人。

   行
 溪路將窮忽夜通。釣竿撑下一鋒風。兩崖霜葉斜陽晩。無水無山不紅。