石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

岩城眞、又肅に作る。字は恭侯、一字は公淳、穆齋・忘我堂主人・禊川漁人又は秋曦園と號し、通稱を鹽屋清五郎と稱す。岩城白の弟なり。十歳にして書を讀み、精勵倫に絶す。十九歳京師に遊び、岡白駒に從ふ。後又筑前の龜非道載に師事せり。會兄白老して子なし。因りて家を襲ぐ。時に年二十七。眞三十にして皆川淇園の書を讀み、大に感ずる所ありて爾後之に師事せり。眞の業を受けて海參を賣買するや、利を薄くして邑民を益す。故に人呼ぶに所口の賢人を以てせり。所口とは今の七尾なり。天明八年正月歿す、年四十二。
辛卯中秋春琴畫伯來訪。幾望同上慶雲樓
 追盟千里喜君來。携手高樓先遞杯。村酒野羹莫醉。倚欄又有月華開
 前峰鏡影透肌清。曾記鴨川賞月明。今日與君成一醉。却疑身是在