石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

新井祐登、字は謙吉、通稱を白蛾といひ、黄洲と號す、江戸の人なり。幼より六藝を研鑚し、特に周易の玄旨を發明し、古今獨歩と稱せらる。師事するところ凡そ三十六人にして、徂徠亦其の中にあり。歳十九の時その學遂に程朱に歸す。祐登江都坂の間に在りて生徒に教授し、名海内に滿つ。祐登の前田治脩の聘に應じて來れるは、寛政三年七月にして、齡實に七十八。命ぜられて明倫堂興造を計畫し、翌八月初めて論語を金城に講ずるや、治脩臨みて之を聽き、國卿大夫及び諸臣皆之に侍せり。是に於いて襲名益顯れ、四年二月學頭となり、三月開校の典を擧げしが、五月疾を以て歿せり。著す所論語彙解・古易斷・唐詩見解・古易時言等頗る多し。
加州金澤冬至日作
 一龍通地脈。舉首先群龍。天氣自何處。人言半夜鐘。

冬 至 梅
 萬象就荒苦夜長。不知何處望青陽。梅含天氣時至。雪裡花開雪也香。