石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

今枝近義は通稱民部、亦その號を信齋といふ。近義典憲に練達し、學和漢を該ぬ。平素喜びて通鑑綱目を誦し、字字朱畫を加へて句讀を助け、敢へて苟くもすることをなさず。別墅に昭融園あり。其の八景を金城朝暾・白嶺堆雪・北林子規・南山晴靄・茅店殘月・野寺鳴鐘・廣廷春花・幽徑霜葉とす。又十境あり、曰く希潜亭、曰く醉妃島、曰く臥石臺、曰く鳬眠洲、曰く琢氷池、曰く早涼閣、曰く濯龍舘、曰く曜光樓、曰く觀徳圃、曰く金剛洞是なり。皆鳩巣之に題するに詩を以てす。近義の詩は今傳はらず。近義寛文元年八月綱紀の旨に應じて國祖が末森の役に帶びし甲冑の記を作る。その章句支離讀むに足らず。又虚直亭記あり。七年十二月廿九日六十六歳を以て歿す。
虚直亭記
 庚戌之秋。構茅屋於別墅。及居。偶得文公石刻虚直二大字。掲之文塞。周子曰。無欲即靜虚動直。夫欲仁之流弊。而人之所無。雖大賢君子。不時々拂拭。則猶鐵鏥之易生。不身膏盲也。目無欲而視始正。耳無欲而聽始順。口無欲而味始和。凡百行千慮。爲欲所礙。不自由。故往哲教訓。萬卷議論。總不使欲耳矣。希聖希天之學。豈不亦直捷易簡乎。置之他求不道。予遁世綱。三年于茲。雖間繙書卷。而專對額字。而靜坐澄心。若粗有見焉。只恨不踐斯躬。復終想像而已。非之難。行之惟難。可嘆哉。寛文十二年冬念有五夜。挑寒燈凍硯。記干書窻下