石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

本多政敏、字は澹靜、鶴夢・天淵・臥僊等の號あり。其の居を仙遊臺と稱す。家世々國卿たり。政敏の學、正心誠意の工夫に於いては奧村庸禮・悳輝父子に抗する能はずといへども、その錦心繍口の詞藻に至りては遙かに二子の上にあり。葢しその尚ぶ所は鏡花水月の意境にあらずして、尖新奇巧の生面目を開くに在り。故に規矩を范石湖・楊誠齋に執り、二百年前既に他年世人が宋元の詩風に趨くの先鞭を著く。その先見の明激賞するに堪へたり。政敏また大乘寺月舟天徳院の月坡・黄蘗の高泉等と方外の交をなし、臨池の技に工みにして縱横圓通中華名家の風あり。小白山の本地堂・大乘禪刹の浴室及び能登小島大悲閣の扁額の如き、字々飛動、筆情神に入ると言はる。
楓 林 月
 秋來乘興放吟軀。憐見紅林欲暮殊。寫出月規以何比。珊瑚枝上挂

野田靈廟
 感時秋日暮。浮世恨無常。尋友一年裡。十人八九亡。新碑添寂寞。古塚自荒涼。藂露濕衣到。悲思使我傷