石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

奧村庸禮、一名は充、字は師儉又は顯思、通稱を壹岐といひ、蒙窩と號す、人持組の士にして、祿一萬二千石を食む。天資愼愨、徳操を磨淬してその志堅石の如し。平生談ずるところ專ら誠に本づき敬を主として、日用彝倫の間を離れず。初め禪理を學びしが、一日愚堂禪師に詣り佛性を問ひしに、その應ふる所漫然、風を係ぎ景を捕ふるに似たり。且つ曰く、朱晦庵の人の死を謂ふや、之を火けば灰となり、之を埋めば土となると。誣妄是より大なるはなし。人の死する何ぞ灰土に止らんと。庸禮是に於いて佛教の人を欺弄すること甚だしきを知り、心を絶ちて復顧みず。專ら意を儒教に注ぎ、朱舜水に師事すること數十年。その師を尊ぶの禮、他人の企及する所にあらず。庸張の藩侯に從ひて江戸に于役するや、則ち舜水に謁して親らその説を聞き、國に在りては則ち書簡を通じ、疑義する所の經義及び通鑑に就きてその教を請ふを常とす。舜水が庸禮に與ふる書中に曰く。

 今賢契職親祿重。大用有日矣。又且年富力強。耳聰目明。而不今爲學。一旦參掌大政。機務填委。輕重狐疑。不曉暢。豈不霍子孟寇莱公之誚乎。古人云。世間何物最益人神智。曰無書。然則讀書。非特修身正行。適所人神智也。

慫慂鞭苔到らざることなきかくの如し。其の他舜水が庸禮に與へたる書十編・答書十二編・啓一編は舜水文集に載せらる。庸禮天和二年を以て讀書拔尤録二卷を著して上木す。一篇の綱領實に誠と敬とにあり。その人を勵ますの志深甚なりといふべし。庸禮別業あり、遊息の所となす。自らその處に扁して、報先廟といひ、畜徳府といひ、止戈庫といひ、範驅場といひ、繹志圃といひ、振衣室といひ、艮墩といひ、巽池といひ、景陶門・晞周沼といひ、孤松塢・萬竹逕といひ、邁種園・後穫田といひ、徳始堂・敬彊齋といふ。都べて十六境あり。舜水爲に徳始堂及び敬彊齋の記を作る。庸禮年五十の時、適于役して江都に在り。その子悳輝・女婿古市務本等相謀りて爲に壽宴を設け、弘文學士院林鵞峰・林鳳岡・林晋軒・林欑・人見竹洞・狛庸・木下順庵木下順信・木下順倫・五十川剛伯・源弼・小瀬順理等の學士を始とし、平敬與・平易武等八十餘人を招請して、詩を賦し文を屬す。狩野探幽その卷初に金泥を以て獅子を描き、鵞峰先づ筆を取りて之に題す。
平師儉五十算詩並序
 傳曰。父母之年。不知也。一則以喜。一則以懼。於戲年有盛衰。氣有強弱。其盛而強者。所謂一則以喜也。衰而弱者。所謂一則以懼也。乃是孝子愛日之誠。自不已者也。加賀國之老平師儉。今年齡及半百。其長子宣。依本朝佳例。開筵行賀。招吾爲客。乃誶曰。禮不云乎。百年曰期。人生滿百者幾希。師儉既及其半。而預聞國政。夙夜不懈。東北往還頻繁久矣。可壽而堅。實是孝子之所喜也。然五十始衰。亦禮之所記也。在孝子則不懼也。今試就其齡之。則服者。君侯之所選也。杖於家者。感慨之所係也。公舉與私懷。敦重敦輕。今日之會。先可其壽考無彊。而其所懼者姑舍是。孝者百行之本也。本立而道生。父慈子孝則家齊。成教於國。所以事君。亦可推而知焉。宜乎宜乎。念茲在茲。吾期其幹蠱揚名也。時維春夏之交。陽徳盛而品物亨。百喜鳥啼。千章緑新。易曰。善之長嘉之會。孝子之樂不斯乎。拙詩一篇以代華祝。其詩曰。
  盞浮雲霞彼天。滿園紅緑本根堅。閑中日月蝶單繞。花外春風學易年。
    延寳丙辰季春良辰                弘文學土院 林  叟

餘人皆之に次ぐ。是に於いて主人庸禮徐に筆を取りて曰く。
今歳余既半百。男宣爲具慶宴。喜而賦之。
 五十今朝烏兎還。尤欣兒輩設芳筵。春風吹度壽樽酒。橋梓倶榮枝萬年。
    延寳丙辰春三月穀旦               蒙 窩  平   克 稿

男悳輝相繼ぎて曰く。

 南極星精照我堂。歡聲滿座醉露觴。桃源日永乾坤靜。椿砌春深歳月長。壽樹瑞花知節序。遷鶯賀燕奏宮商。人生五十未老。延寳風光勝會昌。
    右肅奉家君知命鶴算                        男  宣 百 拜

鵞峰・鳳岡再び翰を取りて主人と令子との韻に和し、文人學士亦各壽詞あり。既にして宴酣に興高し。乃ち翠松結交の題を以て主客韻を探る。人見竹洞之に序して曰く。
延寳丙辰春三月良辰。賀平顯愚叟五十算。賦青松結交詩序。
 夫聖人之門。高柳青雲之士。君子之室。同修淡水之交。文而輔仁。言且止信。斯其至矣。不亦樂乎。凡朋之切々偲々。松之亭々鬱々。結芝蘭之芳契。尋梅竹之寒盟。暦在丙辰。時及春季。加州家臣平悳輝。賀其父顯思叟五十之算。時加州太守羽林公在江府之邸。叟與悳輝共居于旅邸。於是迎接弘文院學士林先生及直民子章卿氏。以秩賓筵。余亦預其嘉會。江府樂官狛公擇帥其同僚數人而來。書生林欑和堅亦陪其席。叟之佳壻加州侍臣清簡。其餘親屬。及加州學官木下貞幹源剛伯僉會集焉。和風之暖。遲日之長。九霞示祥。増其籌於海屋。八珍異粻。養其老於郷庠。圖輝老人之星精。以頌南山之壽。席致孝子之禮敬。以陳北海之樽。坐客祝而吐英華。樂官調而奏萬歳武徳之曲。長句短律之章。自然之音。酬之和之。相唱。洋乎之耳。翕如繹如以成。向榮於十八公。尚齒於半百老。風入之瑟合笙篴之春聲。天末之梢飄幹墨之雲影。玄裳鶴舞。欲其枝。金衣鶯歌。復蔭其緑。倚雲之勢。可和嶠之姿。經霜之標。可安國之徳。豈不祝之哉。叟乃股肱之任。棟梁之材。泰山之根彌堅。蓬島之花既老。是故題以青松結交。各賦其詩。請余之爲小序。鳴呼親交之道。豈偶然乎哉。易曰。盍簪。詩云。永矢貞固。足以幹事。信義可以盡情。於松然矣。於友不亦然乎。祝曰。舊盟不渝。百世本校。操與千丈龍髯高時。壽與萬條兎長垂云爾。

鵞峰以下亦皆筆を染む。この詩卷は尨然たる一大軸、題して奉賀知命遐齡詩卷といふ。今猶傳へて存す。當時雅會の盛を徴するに足る。庸禮貞享四年六月八日を以て歿す、年六十一。林鳳岡之を悼みて曰く。

 老友加州士長蒙窩平師儉。易簣於加州。享年六十一。計至之日。難哀情。不涙之下。蒙窩蚤歳而頗好禪學。及壯知似是之非。覺惑世之術。翻然改志。睥視邪教。覃思聖學。研精性理。嘗與余父。修師資之好。禮問無闕。或談經義。或秩騷會。余父嘗感其言之實行之篤。余父歿後視余猶父。是以執交不謭。同志惟深。往歳作讀書拔尤録。求序於余。余欣然下筆。應其所謂。梓行之後。寄贈一部。今猶爲席上之具。把玩不措。賞其志操

庸禮の經學深邃にして實行に篤きこと、鳳岡の言以て證するに足る。然れども詩賦は固より其の長ずる所にあらず、間々生硬和臭にして穩雅を缺くものあり。是經學家の通弊にして、獨庸禮をのみ咎むべきにあらざるなり。