石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

岡島達、字は仲通、石梁と號す。加賀の人。幼にして書を能くし、長じて順庵に學び、經術に通ず。亦書畫に耽り、翰墨を樂しみ、詩賦に巧なり。元祿九年七月順庵の推奬によりて加賀藩に仕へ、寳永七年六月十日歿す、年四十四。

      寳永七年季春。再會室師禮。及大士命伊順卿山伯玉諸賢於草堂。以賞春。各分園中一物。賦詩。
      所謂海栗棠梨花紅桃白李垂柳是也。詩成。反覆沉吟。惜春之逝。嘆年之流。鳴呼人之在于世也。雖
      以百歳上壽。然所希有。而其間有疾病。有憂患。開口大笑者。其餘幾何。況復中年而夭者。
      十五六乎。人命朝不夕。對花嘯月。時哉時哉。不以失也。諸賢不吾。吾其擁箒迎之。
      置酒携琴。觀圖書古今夜闌。誠爲世之一樂也。因識爲後會之卷焉。
 桃李陰濃日正長。堦前斜徑草蒼蒼。茅堂淨掃待君到。滿面春風向夕陽

垂   柳
 舞似細腰斂似眉。春風三月艷陽時。欲鶯語歌曲。片片飛遷第一枝。

亦これ詩家の體を得たるもの、而して格調の嚴正は正に其の人と爲りと似たり。達この詩を作りし後異疾に遇ひて歿す。故に殆ど絶筆の作なりといふ。