石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第三節 漢學(下)

伊藤祐之、字は順卿。初の名は由言、字は思忠。剡溪・白雪樓又は觀文堂と號し、又華野と號す。伊藤由貞の甥にして養はれてその嗣となり、共に加賀藩に來る。祐之經史に通じ、傍ら文辭を能くす。是を以て正徳元年韓使の來聘せるとき、慈照院の祖縁に從ひ、學士李礥等と會して屢々唱和せり。享保十四年藩臣前田孝和の慫慂に因り、帷を下して教授せしに、門人市を爲し、加藤惟寅・生駒直武不破浚明朝倉景純朝倉嶽等その翹楚たりき。後終に仕へずして歿す、時に元文元年二月、齡五十六。著す所白雪樓集五十卷あり。その中山脇敬美に寄する百二十餘篇の如き、沈深吟の三字を疊みて韻に歩し、一字の雷同を見ず、大力量といふべし。子あり、嘏といふ。
月夜青地長君宅集。聽瞽師藤澤彈琵琶
 夜深絃更急。明月上高樓。清怨何堪聽。暗泉咽不流。

冬日送人之武州
 殘夜北風拂客裝。驪駒歌罷月蒼蒼。黃雲送色嶺頭雪。清曉有聲橋上霜。馬傍海濱潮汐近。雁迷塞外陌阡長。年年未遂東遊志。何日振衣入武陽