石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第二節 漢學(上)

次に加賀藩に於ける詩賦文章に就いて略述せざるべからず。抑慶長元和の際より寛永・慶安の頃に至るまで、我が國の詩賦は尚鎌倉・室町時代に於ける一寧・萬里の詩偈に異なることなく、徒に理を説き空に馳せて、幽情妙趣のその間に認むべきものあらず。當時最も天下に重きをなせる石川丈山の詩風にして既に然り。その餘流を汲むもの豈盡く然らざらんや。松永昌三然り、小瀬道喜然り、平岩仙桂澤田宗堅亦然り。奧村庸禮奧村悳輝皆然らざるなし。唯五十川剛伯のみ才學卓絶にして、一時國卿大夫之が門に遊ぶもの多く、その君侯に侍する若しくは文人墨客に接する、花農月夕常に詩柄を執れり。剛伯の作清新にして雄健、實に一代の選たるに耻ぢず。加賀藩に詩あるものこれを以て始とすといふも過言にあらざるなり。