石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第一節 學校

中學東校は、明治三年十一月金澤藩に於いて中學校教科を皇漢洋三科と定めたるものゝ中、洋學を授くる所にして、兼六園内巽御殿を校舍とし、十二月十七日授業開始せるものなり。本校の生徒中、舊致遠館より來りしを正則といひ、挹注館より移りしを變則と稱す。正則の英學教師には岡田秀之助、變則の教師には長野桂次郎・柴野昌之進あり。翌四年六月英人エドウイン・サイモンソン來りて正則の英學・數學を教ふ。サイモンソンの雇聘條約は六ヶ月間にして、月俸墨西牙二百弗とす。中學東校は七月金澤縣となりし後尚繼續せられ、十一月西校と共に金澤學校となれり。