石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第一節 學校

鉤深館は明治二年壯猶館内に附設せられたるに起る。初め壯猶館に於いては航海測量等の學術を講じたりしが、文久二年に至り長州の人戸倉伊八郎を聘して、藩士大坪岩次郎(後改世愼)・河越良輔(初内山震太郎又は角良輔)と共に教授の任に當らしめ、同時に汽船發機丸(後錫懷丸)を購入して實地の航海を練習せしむることゝせり。次いで慶應元年十月前田齊泰汽船一隻を購ひ名けて李百里丸といひ、十二月帆船有明丸石川島に建造し、三年五月前田慶寧帆船一隻を購ひて駿相丸と名づけ、三年十月帆船起業丸を購ひ、明治元年九月汽船猶龍丸を購ふ。かく船艦の購入使用せられたるが爲に、は自ら機關手等の養成を要するに至り、明治二年その志願者を募集して航海測量の技術を演習せしめ、その學校を名づけて鉤深館といへり。本は後に西町軍艦所内に移轉し、遂に變じて洋算專門の研究所となりしが、その廢止せられたる年月は今之を知ること能はず。