石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第一節 學校

齊勇館は、明治三年三月英式兵制を佛式に變じ、兵隊の屯所を置くに至り、急に幹部たるべき士官を養成せざるべからざる必要を生じたるを以て、十一月城内二の丸に於ける舊藩侯の殿閣内に學校を設立し、十二月二十日命名したるに起る。該の主付は藤勉一にして、教師は舊幕府の士官横田豐三郎外一名なりき。然るにこゝに收容せられたる生徒の卒業し、士官又は下士となりて隊付を命ぜらるゝや、復之を養成する必要を見ざるに至りたるを以て、直に齊勇館を閉鎖することゝせり。當時の兵營は、初め長町なる老臣村井氏の舊邸に置きしが、後に老臣横山氏の舊邸・元壯猶館跡・元齊勇館跡・松原町神護寺内等に配置せり。この中横山屯所は衞戍組織にして、その他は兵士の日々通勤するものとし、別に小立野なる老臣奧村氏の舊邸に炮兵の兵舍ありき。