石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第三章 學事宗教

第一節 學校

明倫堂創設の際に於ける教師は、學頭新井白蛾の外、助教に長谷川準左衞門・新井升平、助教雇に澁谷潜藏・中島半助・林翼、讀師に宮井柳之助・湯淺半助・稻垣左兵衞、天文學に本保十太夫、歌學に野尻次郎左衞門、算學に村松金太夫等あり。然るに白蛾は、授業開始に先だち老齡を以て歿したりしが故に、幾くもなく長谷川準左衞門を擢んでゝ都講とし、助教以下を率ゐて校務を處理せしむることゝしたりき。而して上記の教師中、澁谷潜藏横山隆從、中島半助は前田孝友、林翼は今枝内記の家臣にして、皆の陪隸なりしを以て見れば、當時眤近の士分中、如何に人材の缺乏したりしかを知るべきなり。蓋し綱紀の時に學士を招聘すること甚だ多く、好學の士之に就きて業を受けしもの亦少しとせざるも、治脩の頃に至りては、已に悉く泉下の人となりしを以て、或は遠く白蛾を京師より招き、近く陪隸を拔擢せざるを得ざりしなり。且つ經武館の師範たりしものにも、亦陪臣あり、與力あり、足輕ありしを以て考ふれば、這次の任命は必ずしも家格に拘泥することなく、適材を適所に置くに於いて最も意を注ぎしものゝ如し。この年六月授業開始當に近きにあるを以て、明倫堂及び經武館規定を制して之を校内に掲示せり。