石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第一章 制度法規

第四節 租税

士人の納むる役銀は又御普請ともいひ、元來城郭修理の費に充つるより出でたる名目なりといへども、轉じて力役又は金錢を以て藩侯を補助するの義となる。その法知行高百十石より九百石に至るまでの士はを以て上納し、百石に對し、一日當り七分とし、一年を三百五十四日と定めて、總額二百四十七匁八分を算出し、その十分の三を上納せしむ。故にこれを城普請分役ともいふことあり。かくて知行百石の士は七十四匁三分四厘を上納すべしといへども、百石及び百石以下のものには之を免除し、百十石以上の者に之を課するの例とし、百十石の者は八十一匁七分七厘、百二十石の者は八十九匁二分にして、順次同比例を以て九百石に至り、その三分の一を七月に、三分の二を十月に上納せしむ。而して知行千石に上る時は、役小者一人の外にを以てす。即ち百石に付七十四匁三分四厘の比例を以て計算したる内、役小者一人の扶持米を引去りたる餘剩をにて上納するものにして、之を人役銀役と稱す。知行千五百石に上る時は、杖突足輕一人・小者一人を人役、その殘餘を役とす。以上は無役の士に關する規定にして、特殊の役掛りを有する者は、知行の大小と役儀とによりて、或は全くその上納を免除せられ、或は半役銀をのみ課せらるゝことあり。第三世前田利常の初世に至るまでは、千石の士より役小者三人を出すを法とし、役は皆無なりしが、泰平の世となるに及び、人役を減じて役とはなせるなり。