石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第一章 制度法規

第三節 司法

生命刑以外の身體刑には耳切鼻切あり。耳切鼻切とは同時に之を科し、又はその何れか一をのみ科することありて、元祿の頃追放の附加刑として行はれたり。所謂疵付追放といふもの是にして、耳切鼻切を科したる後、尚その地に留るを許したる例は甚だ稀なり。承應三年河北郡上山村肝煎藤兵衞、その第三子十兵衞と共に同村民四郎右衞門を殺害し、市瀬村の源兵衞、朝谷村の忠兵衞之に加功す。舊例によれば、固より殛刑に當り、藤兵衞の男子四人、十兵衞の男子五人も亦連座すべかりしが、事情の寛假すべきものありし故にや、藤兵衞の手指を斷ち、持高を同名百姓に分與し、十兵衞を鼻切に處し、その持高は舊の如く耕作せしめ、藤兵衞の長子と第四子とは、現場に在りし故を以て所拂追放とし、源兵衞と忠兵衞とは耳鼻切に處して、亦その田地を有せしめたる如きは特例なり。元祿以後疵付追放に當る者は、單に追放に處することゝし、天明五年之を復舊すべく企てしも尚行はるゝに至らざりき。