石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第一章 制度法規

第一節 職制

寄親附與力は、初め藩侯より特に大身の士に所屬せしめられたる士をいへり。故に之を支配するもの即ち寄親の死して、その後繼者の年少なるか若しくはその任に堪へざる時は、寄親を轉じて他家に附屬せしめられたることあり。利常の世元和偃武以後に至り漸く變遷して、年寄又は人持組の士等、或は自家知行の一部を以て與力祿せんことを請ひ、或は藩侯より之を命ぜられ、或は新知・加増知を賜はる際、その一部分を割きて與力知とすべき條件を附せらるゝことゝなれるが、この與力知によりて知行を受くるものは即ち寄親附與力なり。されども寄親與力知は、悉く之を現員與力に支給することなく、その半額以上をに上納するを常とす。明知(アキチ)といふもの是なり。寄親附與力知行は、寄親より所附を以て給せられ、に上納する明知も、亦寄親自身の知行所中より隨意に撰擇し、所附を以て之を上(アガ)り知となす。かくて末に於ける寄親の數は五十九家を算し、與力の數約百九十人にして、その知行草高、小は六十石より大は三百石に及べり。寄親附與力の職務は、自分仕(ツカヒ)又は内仕と稱して、寄親の家に仕へしむるものなきにあらずといへども、大多數はの事務を執り、諸役所の留書、城中の勤番等に任ぜらる。但し戰時に當りては即ち寄親の配下に慶するの制とし、平時に在りても、年頭の禮の如きは、陪臣と同じく寄親に對して鳥目を献り、吉凶に際しても亦陪臣と同じく、寄親の爲に周旋盡力す。