石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

大聖寺藩が太政官の許可を得て琵琶湖汽船を浮べたることは、同の成せる文化事業として最も見るべきものゝ一なり。が之を出願したるは明治元年九月二日にして、京師警衞の爲に兵員・武器を運送し、又はその物産を輸出するの利便を計るを目的としたるが、同月七日を以て許可の指令を得たり。是に於いて長崎に赴きて汽鑵・船具を購入し、之を大津に於いて組立て、二年三月三日進水式を擧ぐるを得たり。之を一番丸と稱す。然るに一番丸の琵琶湖上に往復するに及び、屢破損して豫期の目的を達すること能はざりしかば、同年七月十四日更に二番丸を建造せんことを民部省に出願して、九月二十四日許可を得、十月その竣功を見たり。一番丸・二番丸共に排水量十四噸、十四馬力、速力八海里を有す。大聖寺藩がこの事業に着手したるは、藩士石川嶂の建議に因り、而して廢の後その汽船は舊藩士平田檠三の經營に歸せり。