石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

明治元年正月十一日朝廷令して、方今邦家危急に際するを以て、兵を率ゐて速かに入すべきを告げ給へり。然るに利鬯は疾みて勅を奉ずる能はざりしを以て、重臣前田右近をして代りて天機を奉伺せしめ、また野口物集女に兵を率ゐて上洛し、二月輦下巡邏の任に當らしめき。時に大聖寺藩兵にしてに留るもの歩兵二大隊にして、その大隊は六個小隊に分かれ、一小隊は二十五伍より成り、又炮兵一隊ありて、四分隊に分かれ、一分隊は炮二門・炮手十六人より成れり。而してこの編制の外、尚歩兵百八十八人・三司令官、炮兵三十四人・三司令官ありしといへば、その總數九百人に庶幾かりしなり。この年奧羽の役ありしが、亂平ぐの後十月晦日、大聖寺藩越後に戍すべき四小隊の派遣を命ぜられき。これを大聖寺藩最後の軍役とす。