石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

利鬯の世は幕府の末造に際し、内外最も多事を極めたる時に當れり。文久三年三月大聖寺藩海防令を布きて曰く、外舶の近海に來る時は則ちその擧動を窺ひ、士民を召集するに雲版二聲を以てし、若し上陸して侵掠を逞しくするときは報ずるに洪鐘二聲を以てせんと。既にして雲版の響微にして普く徹せざるを以て、易ふるに小鐘二聲にして洪鐘一聲を交ふることゝ定めたりき。後數日土民報じて曰く、海岸を去ること二百歩許に巨艦の浮ぶものありと。藩吏乃ち撞鐘を促さんとせしに、民又馳せ到りて艦の既に航し去れるを報じたりき。後詳かに事情を檢するに、攝海より歸航せる加賀藩の軍艦なることを知れり。この年四月、利鬯歩士及び足輕武技を閲す。從來の例藩侯は簾を垂れて中に座し、之を透視(スミキ)といへり。或人利鬯に説きて曰く、方今洋夷將に釁端を開かんとするの勢あり。この時に當りて、武技を閲するに舊慣を以てすべからず。垂簾を徹するが如きはその事甚だ小にして、而も人心を激發せしむるの利甚だ大ならんと。利鬯則ち之に從ひ、且つ演武せし者に酒を貺れり。