石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

第十世利極は利之の第二子にして、兄造酒丞夭せしを以て世嗣となる。母は金澤鍛冶八幡社の神主厚見陸奧守の女。文化九年十月二十一日江戸に生まれ、幼名を鍛太郎といふ。十二年十一月初めて將軍家齊に謁し、天保二年十二月十六日從五位下に叙し、駿河守に任ぜられ、八年二月十三日父の遺領を賜ひ、八月二十五日從四位下に陞り、九年九月十二日大聖寺に卒す、年二十七。實性院に葬り、恭正院と諡す。利極宗藩侯前田齊廣の女を娶りしが、明治八年二月二日歿し、壽正院と諡せり。是より先、藩侯夫人は皆臨濟宗に歸依して下谷廣徳寺を菩提所とせしが、壽正院より後日蓮宗に歸し、本所常泉寺に葬るの例を開けり。