石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

利道の世は害續發せり。利道襲封の後幾くもなく元文三年正月二十九日江戸の上屋敷類燒し、寳暦元年十一月には幕府より三河吉田橋修築を命ぜられ、二年五月竣成せしが、工事の不完全なるを以て三年七月再架を命ぜられたることあり。六年五月弓波村を中心として農民一揆勃發し、八年二月二十二日大聖寺大火あり、十年二月七日再び千二百戸を燒失して復興頗る困難を極め、明和五年四月二日隣境越前吉崎に起りたる暴民大聖寺領の者多數參加して騷擾せしことあり。安永九年の秋領内亦不作なりしを以て百姓等免切を請ひしも許されず、毛合村の源六といふ者の主唱によりて十一月一揆を起さんとしたるが、謀漏れて關係者の逮捕所罰を見たることありしの類皆是なり。