石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

斷罪の手續極めて愼重にして、その理由を藩臣一般に示達せしが如きは、一は主殿の地位が千百石の高祿を受けたる老臣たりしによるべしといへども、亦彼が從來徒黨を援引する所極めて廣く、一旦その處置を誤る時は闔騷擾を惹起するの憂ありしに因らずんばあらず。而してその後主殿の徒にして刑を受けたるものゝ如何に多數なりしかを見れば、本件が頗る重大事なりしことを推知し得べし。蓋し當時大聖寺藩には祖の時以來後用金と稱して、有事の際以外使用を禁ずる金子ありしが、主殿は之を江戸に送らしめて擅に費消し、又京都に於いての名義を以て一萬兩を借受けたる中九千兩を遊蕩の費に宛てたるなりといふ。主殿と共に重刑に處せられたる石黒市郎右衞門は、主殿の目附役として京都に赴きたるものなるに拘らず主殿と同一の擧動に出で、廣瀬源左衞門は後用金保管の吏にしてその私消を共にせしなり。

 石黒市郎右衞門 御用人、知行二百石、東野瀬兵衞宅にて打首。○廣澤源左衞門 會所奉行知行百五十石、安達數馬宅にて打首。○西尾喜左衞門 八拾石、柴山清太夫へ御預の後越前追放、家財闕所。○西尾武兵衞 同追放。○西尾伴之丞 同追放。○宮井十兵衞 百石、追放。○村田六郎右衞門 七拾石、追放。○津田與一右衞門 五拾石、追放。○内田八右衞門 百石、加越能三ヶ國御構、屋敷沒收。○内田織部 四百石、三ヶ國御構、屋敷沒收。○内田與左衞門 百五拾石、三ヶ國御構、屋敷沒收。○久津見清八 七拾石、三ヶ國御構、屋敷沒收。○小原武左衞門 扶持召放。○山田與三太夫 扶持召放。○松本仙平 扶持召放。○石黒平七 追放。○杉本清右衞門 足輕追放。○杉本新七 籠舍中成敗。○杉本某 新七忰、籠舍中成敗。○杉本又八 新七弟、越前追放。○村井覺太夫 主殿忰、年七歳、村田六郎右衞門宅にて殺害。○手塚與左衞門 三ヶ國及び江戸御構。○中村傳七 同上。○佐藤與三左衞門 同上。○小泉善兵衞 同上。○藤井彌左衞門 同上。○近藤文左衞門 同上。○脇田忠兵衞 同上。○加藤金右衞門 同上。○佐藤與兵衞 同上。○藤井權左衞門 同上。○脇田理右衞門 同上。○野崎覺之丞 同上。○手塚與三兵衞 同上。
〔秘要雜集〕