石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

利直の綱吉に近侍すること殆ど二十年、その間將軍に代りて日光廟に詣づること二回、その他の職務恰も譜代大名の如し。故を以て在國の日甚だ尠く、未だ仁政を民庶に施すこと能はざりき。利直嘗て大聖寺の居舘が所謂陣屋の制にして、城郭の防備なきを患へ、窃かに幕府の老中によりその許可を得んと欲せり。老中曰く、此の如き重大事件は、之を宗より請ふに非ざれば執達するを得ずと。是に於て利直已むを得ずして綱紀に告げしも、綱紀は之を顧みることなかりき。

 御三代目飛騨守樣(利直)、御詰衆にて、常憲院(綱吉)樣御代御近邊に御詰被成候時分、大聖寺を城地に御願被成度のよし、こなた樣(加賀藩)えはことの外の御隱密にて御老中方まで被仰入候所、加賀守綱紀)殿より可仰付事に候由にて調不申候由候。其以後御在國の節こなた樣え申來候處、以之外御意に應じ不申候樣子に而、大聖寺を城地に御願之事候はゞ高岡を城地に御願可遊候。飛騨守樣料簡違に候旨、御意(綱紀)御座候。其御返事は如何被仰遣候哉、拜聽不仕候事。
〔松雲公夜話追加〕