石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

第三世利直利明の第三子にして、寛文十二年六月二十五日江戸邸に生まれ、母は本多氏なり。二兄早く歿したるを以て立ちて嗣子となる。利直は幼名を大學といひ、稍長じて内記と改め、貞享元年二月初めて將軍綱吉に謁し、三年十二月二十六日從五位下大内記に叙任せらる。次いで元祿四年八月特に命ぜられて幕府の奧詰となり、五年七月九日封を繼ぎしが、この月十一日利直は改めて飛騨守と稱し、寳永元年六月初めて入部し、三年十二月十九日從四位下に叙せられ、六年綱吉の薨ずるに及びて奧詰を免ぜられ、翌七年十二月十三日江戸邸に卒す、年三十九。圓通院と諡し、實性院に歸葬す。その夫人は酒井忠義の女にして、名を種といひ、享保十九年五月十三日歿し、諡を靈臺院といへり。