石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第六章 大聖寺藩治一斑

寛永十一年十二月十五日利治從四位下に叙し、飛騨守に任ぜられ、松平氏を冐すことを許さる。是を以て子孫奕葉皆松平氏を稱す。十六年六月二十日利常幕府に請ひて、その領江沼郡那谷村を除く)及び越中新川郡九ヶ村の地七萬石を頒ち、大聖寺に在りて治を施かしむ。大聖寺前田氏以前山口宗永の錦城山巓に城を構へたりし所なるが、是に至りて山下にを構へ、纔かに塀墻を繞らし隍塹を穿ちたるに過ぎす。利治のこゝに封ぜらるゝや、同年十一月二十六日就封の爲に登營して將軍家光に辭見せりといへども、入部の何れの日に在りたりやは亦知るべからず。次いで十七年十月初めて參觀せること天寛日記に見えたり。されば三壺記に十七年十月十二日入部すとし、越登賀三州志に十六年十月十二日に着邑すとするの類、皆誤謬ならずんばあらず。