石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第五章 加賀藩治終末期

第九節 版籍奉還

四月太政官戸籍簿制式を發布し、各地方廳をして之を遵用せしむ。乃ち廳令を以て之を管内に布告施行せしむ。この月十五日藩知事東上し、晦日本郷邸に著す。七月三日藩知事東京を發して歸任の途に上りしに、十四日に至りて詔を下し、を廢して縣を置き、各藩知事を罷め、縣治一定の規則成るに至るまで大參事以下暫く舊に依りて庶務を執り、特に重大の事は朝裁を待つべく、租税も亦因襲の久しき一時に改むるの不可なるものあるを以て、本年は尚舊慣に從はしめんと告げ給ひき。慶寧乃ち十七日を以て金澤に著し、之を管内に諭告せり。是より金澤藩を改めて金澤縣と稱す。
御沙汰書
 今般を廢し縣を被置候に付ては、追而御沙汰候迄大參事以下是迄之通事務可致事。
    辛未七月(明治四年)
〔舊金澤藩事蹟文書類纂〕
       ○

                            金澤藩知事  前 田 慶 寧
 免 本 官
    辛未七月(明治四年)                      太  政  官
〔舊金澤藩事蹟文書類纂〕
       ○

 曩者大政維新、海外萬國と抗立の御目途被立、府縣一致之御趣意にて、政體追々興隆候得共、諸藩數百年之習俗固結難解、何分速に一致候場合に至り不申、御趣意貫徹之期難計、於慶寧茂深憂慮罷在候。然處今度懇々詔勅を被降、舊習洗刷之爲めを廢し縣を被置、舊來之知事一同免官被仰付候者、實以國勢興隆人民幸福之期至り候儀に而、不世出之御英斷と深奉感佩、抃賀の至に不堪候。管内事務之儀者、大參事以下に而、是迄之通取扱候儀に付、銘々御趣意奉戴、舊來之因習を一洗し、大義名分を相辨へ勉勵盡力致し、御政治興隆を仰望可致。萬一於管内異議を生じ候樣之次第茂有之候而者、是迄致告諭置候詮茂無之、且奉朝廷候而茂實以悚懼之至に候條、此段篤と了解し心得違無之樣可致候也。
    辛未七月(明治四年)                      前田從三位慶寧
〔續本藩歴譜〕